「こんにちは。森川さんですね。」
大きな窓がある、白い居間に通された。風がよく通っていた。
セラピスト(以下thと略す)は、私がどんな生活を送っているのかをぼちぼち尋ねていった。一通り聞くと、「知っていると思うけど」と、エゴグラムという心理テストを私に渡した。おおまかな参考にするとのことだった(私が臨床心理士であるということは、前もって伝えてあった)。
エゴグラムは何度もしたことがあるが、その日、私の通常のスコアとは、異なっていた。
森「普段はCP(批判的大人)がここまで高くないですね」
するとthは、
「今、ものごとに批判的になっていることが、問題なのかもしれないね」
と、言った。
th「いつもと違うふうになっているということで、思い当たることはありますか?」
森「この夏に会った人が、心理士を長くやってきた人のくせに不謹慎で、嫌気がさしたというか‥。思い当たるのはそれぐらいですかねえ‥。『人間は勉強なんかでは変わらないのだな』と考え方が変わりました。」
th「そうかな。人間は変われるよ。そうでしょ?」
thは私に言った。
thが意見を言うまでの「間合い」が短い。
ここで私は、このthが、今まで会ってきた心理士とは全く別次元の人であることを知った。
カウンセラーよりも、ヒーラーとしてのアイデンティティが強い人だろう。
そういえばthのHPには、気功治療から入った、と書いてあった。
一方で、thが気功師としてすぐれた人であることは、すぐに分かった。広めのテーブルを挟んで前に座っていると、内臓が温かくなってくる。
この人は今、リラックスしてしゃべっているだけのように見えるが、じつは、腹から何か出しているに違いない。
神戸で外気功をしている内藤さんに会うときと同じ体感だ。
内藤さんも、こんなテンポで、断言する口調で話す。
直観がはっきりしてきて、直観で生きるようになるのが、気功の特徴なのだろうか。
th「このセッションでどうなりたいですか?」
森「これからの人生を、人のせいにしないで決められるようになりたいです。決める根拠が欲しいです。過去生退行が、ヒントになればと思っています。」
th「他に気になることはありますか?なんでもいいよ」
なんでもいいと言われれば、私には悩みがあった。
森「私は、被害者支援が専門なんです。なのに、いくら抵抗しても犯罪心理学の担当になってしまうんです。犯罪心理学は、矯正の現場を体験してない私のような者が教えられる学問ではないです。
それに、私は県警(被害者対策係)を辞めるとき、クライエントさんたちから、『大学で被害者支援を教えて、多くの人に役立ってください』と、見送ってもらったんですよ。会わせる顔がありません。」
そう、話せば長くなるが、私は真剣にこの件について苦しんでいる。
九産大臨床心理学科、犯罪心理学。
九産大大学院、犯罪心理学特論。
九州大学専門職大学院、司法・矯正心理学。
それぞれどういうわけか引き受けざるを得ない流れだった。3つ目の九大なんか特に有り得ない流れだ。九大の教授からの電話に対し、私が寝起きで科目名を聞き間違えてしまったのだ。「司法・行政心理学」と思って了解した科目は、翌々日メールで見ると「司法・矯正心理学」‥。あわてて九大にメールをしたが、「もう文科省に教員名を提出したので、2年間は必ずやってもらいます。」との返事‥
犯罪心理学3科目、被害者支援心理学0科目。
傍目にはどこから見ても犯罪心理学の教員になってしまい、嫌だ嫌だとHPに書けば、かえって犯罪心理についての問い合わせが寄せられる始末。
人気科目。
簡単に開講できるなら、どこの大学でもやっている。(注:犯罪心理学の大学教員は九州山口に二人しかおられない。いずれの先生も定年間近でお忙しいと聞く。)
私の不注意で、受験生を騙すことになってしまった。
大げさと思われるかもしれないが、「退職」の二文字は、片時も離れず私の心にあった。
どれが、私の進むべき道なのだろうか。
それが分かる人間に、私はここでなれるだろうか。
th「変わりたいですか」
森「はい」
th「変わりたいですか」
森「はい」
th「変わりたいですか」
森「はい」
th「‥やっと、本当の『はい』が出ましたね」
この時間、thとは、もっといろいろ話したような気がするが、あまり覚えきれていない。
長時間だったためもあるが、この時のthとの話は、どちらかというとペースを乱されるものであったからだろう。何故だかは分からないが、この人の前に出ると、磁場が違うところに来たみたいに、私は、一人あたふたする感じになってしまう。
もちろん、thの態度の大部分は、話しを聞くとか、待つとか、受け止めるとかであって、平井氏が「優しい」あるいは「丁寧」と表現したものには、間違いないのだけど、それは心理士の私らにとっては日常的なものであるので、私としては、普段あまり自分たちの中に見出すことのない性質に注意が向く。
反射神経、精神的な体力。
揺るがない信念。
虎。とか、鷹、とか、鷲、とか。
thの中の一部分は、そういう感じだ。
‥だとしても、それならそれでいいではないか。
何を恐れ、なぜ私は水面下で、一人で勝手に、このthと闘うような気分になっているのか。
‥やっぱり、平井氏とは違って、私にはやましいことがあるから‥?
とりあえず私は、自身のバランスをとるために、thを、心の中で時々、「猛禽」と呼ばせていただくことにした。
セラピールームは、別室にあった。私はあとについていった。
☆ 催眠療法体験記(3) 序
☆ 催眠療法体験記(3) 主訴
☆ 催眠療法体験記(3) #1
☆ 催眠療法体験記(3) #2−1
☆ 催眠療法体験記(3) #2−2
☆ 催眠療法体験記(3) その後
☆ 催眠療法体験記(3) #3
☆ 催眠療法体験記(3) #4−1
☆ 催眠療法体験記(3) #4−2
☆ 催眠療法体験記(3) 結

催眠療法体験記(3)
主訴