催眠療法体験記(2) 年齢退行(前編)
森川研究室ホームページ
 2003年8月3日(日)午後13:30。セラピールームは、横浜といってもかなり郊外にある、セラピストの家の一室に開設されていた。ここのセラピストは男性だ。親切かつ常識的な感じの人で、駅か らルームまで車で送ってくださる。ある意味、どこにでもいそうな感じの方だ。もしこれが、「どこにも居なさそうな感じの人」だったら恐い。
 車の中で、私の職業や、催眠についてどれくらい知っているかを尋ねられる。私が教員であることと、催眠については後倒法(催眠誘導の一種)しか習わなかったと話すと、セラピストは、
 「テレビでタレントが催眠をかけられ、ニワトリになったりしてますね。あれを見て、人は、催眠というのは意識をなくすところまで深く 入り込むものだと思ってしまいます。けれど実際には、意識や意志を無くすほど深い催眠にかかる人は稀なんです。タレントはなぜ催眠にかかるかというと、人を楽しませたい、ウケたいという強い願望が、潜在意識にあるでしょう。潜在意識がすすんでニワトリになって、コケコッコーとやるんです。催眠では、 その人が望んでいないことを吹き込んだりして、させるものではないんですよ。」 という説明だった。なるほどと思う。
 ルームに着く。奥さんがお茶を持ってこられたりする。






1 催眠についてのお話し

1)催眠状態とは

セラピストは自然に、催眠について話し始めた。

「催眠は私たちが日頃よく体験している状態です。
脳波には、
◯ β波:覚醒状態
◯ α波:リラックスした気持ち良い状態
◯ θ波:比較的浅い睡眠
◯ δ波:ごく深い眠り
という波形があり,催眠では、α波とθ波の中間の状態にとどまり続けることを目指します.誰でも毎日,布団の中で目覚めてからやがてはっきり覚醒していく間に、
『α波とθ波の中間点』は体験しており,特段珍しい状態ではありません.

非常に訓練された人は,『今,α波が出ている(ようなリラックス状態に入った)』といったことが自分で分かりますが,普通の人は分かりません.
従って催眠療法を受けている間に,今自分が催眠状態にあるか,ないかを深く考える必要はありません。」




2)潜在意識の働きについて


「脳のうち,意識活動に使っている部分は10%.です。残る90%は,大脳生理学的には、何のはたらきをしているか分からない部分です.
今分かっていることは,身体の自律神経系のはたらきと,自動的な所作(箸を持つ,歩くなど)を司っているということです.ここが潜在意識です.
催眠では,10%の顕在意識に寝てもらい,90%もある潜在意識の部分にアクセスするのです。
潜在意識は17歳ごろまでにはできあがっています。 そのあと人間は,顕在意識の方が積み重なり発展します。
人は潜在意識の影響を大きく受けています.顕在意識は潜在意識の内容をどうこうすることはできません.
暴力を受けて育った人は,自分が同じ年令の子どもを育てる段階になるとそれがトリガー(引きがね)となりスイッチが入り,子どもに暴力をふるってしまうことが多くなります.」

セラピストのこのような話は、催眠を受ける人が過去に思いを馳せるためのスイッチになるのだろう。

セラピストは続けた。
「しかしその親を責めることはできません.親もまたプログラミングされているからです.
私達が戦争の話を聞いて,その悲惨さを何となく分かった気になることはできるけど,実際に体験者と同じように分かるかと言えば,本当には実感できないのと 同じで、愛を受けていない人は,愛のプログラミングが入力されていないから,愛という感覚が分からないんです.
逆に,愛を受けた人は,『愛が分からないという感覚』が分からないんです」


私は、なぜか泣きそうになった.




3)催眠中の体験について

「催眠を受けている実感としては,意識ははっきり在るし,私(セラピスト,以下thとも記す)と会話するし,身体も動かせます.何も特別な状態ではありません.
今まではっきりしなかった記憶が出てくる,とかいう特別なことがあるというよりも,今も記憶していることの,実感がはっきりするという感じかもしれません.
『知っている記憶が出てきても意味がない』ということはありません。
今、数在る記憶の中からその記憶を思い出すということには理由があり,
その記憶をきちんと体験することに意味があるんです.」


要は,テレビや何かで一般にもたれている催眠というもののイメージは実際とはかな り異なっているんですと,丁寧にそこを説明された.
フォーカシングだと,一般に知られていないぶん説明に四苦八苦するものだが,催眠は名前が知られている分だけ,既存 イメージを壊さねばならず,フォーカシングとはまた違った苦労があるようだ。

以上、一時間弱かけて、催眠についての説明があった。







2 クライエント(私)の目標設定


1)ニーズの確認

「催眠には3種類あります。
◯ 精神科や心療内科など治療機関にすでにかかっている方が,治療を補足するものとして受けたいという場合.
◯ 人間関係などのトラブル,課題をどうにかしたいという場合
◯ 自分をもっと開発したい,どう進めばもっと良く生きられるかという方向性を知
りたい場合.です。どれを選びますか」


私は、もし3番目を選んだら過去世への退行のメニューになるのかなと想像しながら、
「3番目にとても興味がありますが…今後の自分のために,2番目を選ぶことに します」と答えた。




2)テーマの明確化

th「どのようなことが治ればいいなと思いますか」

私「ひとつ目には、人といて,ものを感じられるようになりたい.ということです。感想を求められてもあまりよく言えないことがあります.自分の感覚が人とは違うと 思っているので,感じることもやめている時があるような気がします。それに私は、人のことを根本的に気にかけたりすることができないのではないかと思います。
二つ目には、そもそも,人といるときだけではなく,常に,あまりものを感じること ができない感じがします。」


th
「いつからですか」

私「5,6年前に仕事上のことが原因で感情が麻痺した時期がありました(ストーカー規正法や犯罪被害者保護法案、DV防止法が制定される以前の被害者相談の領域は、被害者だけでなく相談を受ける者にとっても過酷だったと言わざるを得ない)。今はほとんど良くなっていますが、ただ,人といて他の人ほどには、ものを感じたり,感じたことを言うことができないということは,ず っと以前からあり,それがいつからかは分かりません。」「人といて、人のことを根本的に気にかけることができないのではないかと思います。」


話しながら主訴が明確化されていく感じである。




3)生育歴

父,母の人となりや家族関係などを聞かれた.

th「(子ども時代に)お父さんはどんな人でしたか」

私「子どもをからかって遊ぶような人なので,悪気はないのですが、わけがわかりませんでした.私が抜ければ家族はもっと仲良くなるのに、と感じていました。何というか、 私は家族とはどういうわけか毛並みが違う感じで,私の方が,子どものころのある時期から,仲良くするのをやめることにした気がします.いつ頃からかは分かりませんが」
(以下略)

比較的短い聴取だった.催眠でどのへんを取り扱うか,当たりを付けているのだろう.




4)治療目標の検討

そして、以下の部分をかなり詳しく聞かれた。

th「ものを感じられないということによって、守られているものはありますか」

th「こんなふうにお尋ねするのは,『こうなりたい』と言う目標が,よくよく考えると,本当に求めていることとは違うということが時々あるからです.」

そこがずれたままで催眠に入ってもうまくいかないという。

th「感じられるようになったらなったで,困ることがあるとすれば,どんなことですか」
私「感じ過ぎるようになれば困るかもしれませんが、そのまんま感じられればいいのです.」

th「感じることができないということは,映画は?」

私「嫌いですね」

th「本は?」

私「面白いと思う『とき』はありますね」

th「昨日は何をしていましたか」

私「昨日はライブに行き,隣の人がほとんどすべての曲で号泣していて、すごいなあと‥」


(なんだか、私を感動させようとしてくれる人たちには申し訳ないような反応だが、モヤがかかったような私の心に,モヤをつっきって直接の光が射し届く瞬間があるというのは,よっぽどのことなので,その瞬間がありがたくて,二秒三秒のことでも一生忘れないと思って感謝しているという、そんな感じだ。)

th「人といて人のことを考えられないということですが,それによって具体的に困っていることはありますか.今の職場の人は?」
私「遠巻きに置いておいてくれるので,困っていませんが,もともと変人と言われることが多く,人に違和感を与えているようで,それが何故だか分かりません」
th「人といて人のことを考えたり,感じられるようになったら,良いことはどんなことですか」
私「『属す』ことができるようになります.うしろめたさがなくなります」

th「『人と一緒の場にいながら,属していない』という感覚は,いつごろからですか.子どもの頃は,友達と遊びませんでしたか」


ずいぶん詳しく聴いていく。「感じられない」という人は得てして「感じすぎ」を防衛しているものだと相場が決まっているから、thも慎重になっているのかもしれない。私の『属す』という言葉だけで話についてこれるthは流石だな、と思いながら、
私「子どもの頃も,遊んではいましたが,頭は別の話を作っていました.」
th「なるほど.ところで,人といて人のことを考えることができないということを,それでいいという人もいるわけでしょう.タレントさんの催眠療法をよくしますけど、タレントさんはついその場に合わせて属してしまうからむしろ逆に一人でやっていけるという感じを持ちたい人が多いんですよ.変わったら変わったで困ることはないんですか」

私「おそらく,自分の時間がほしいのに,他人の思いが気になって葛藤すると思います.しかし,そういう葛藤ができるだけ,ましだと思います」

th「変人とか呼ばれている,いまのそのあなたで,良かったと思うことはなんですか」


私は、変わった人が好きだからという理由でゼミに入れてくれた村山教授(現 九州産業大学)の顔を思い出したが、私が仮に変人ではなくなったとしてもたぶん大丈夫だろうと思った。それ以前に、自分の変人ぶりを気に病んで、催眠で変人を治そうとしたという時点で、ある意味変人だという話になるかもしれない。

私「良かったと思うのは、私よりももっと変わった友達が多いことです」

th「その友達たちのことを大事だと思いますか」

私「友達がいて,私は有り難いけど,たぶん私は,他の人のようにはfriendという感覚が分からないんです」

th「御主人を愛しているという感覚は?」

私「…とても信頼できると思っています」

th「信頼できるパートナーという感じですか」

私「そうです」


思うに私は,「親しい関係」について,「それがほんとうに、他の人が言っているのと同じ感覚なのか」「私は、人が言うのと同じようには,友達とか恋愛とかの感覚が,分かっていないのではないか」という疑問にとらわれ、自分の周りにいる人との関係を友情だの愛だのと言ってしまうのはおこがましいという気分になり、自分の感じている気持ちがよく分からなくなる.「私っていま◯◯と友達なのかな?少なくとも、もしかして○○はそう思ってくれているのかな?そう思って喜んでいいのかな?なら、ここで私がどんなふうに言葉 をかけるのが友達らしいのかな?」化けの皮がはがれないように、ガイドブックをみながらラケットを打つみたいにして,見よう見まねでつなぎとめている自分自身を,人でなしだと思わなければここには来ていないだろう.




5) 治療意志の明確化、確認

th「九州から横浜まで歩いてきたら10万円あげると言われたら歩きますか?」
私「歩きません」

th「それが50億だと言われればより多くの人が歩くと言うでしょう.しかし,一部の人は,10万円でも歩くと言うでしょう.必要があるからです」

私「50億もらうよりも,歩けば,私が思うところの真人間になれると言われれば, 歩きますね」.

そう,真人間.真人間になりたい.確実に真人間になれるんだったら平戸から知床までだって歩くだろう.

セラピストはこのように、『今の自分』と『変わりたい自分の像』、そして『変わりたい意志』を私の中ではっきりさせていった。そしてこう言った。
th「今から行う催眠では、今の自分を否定することはしません.それはそれでとても意味を持っている自分だからです.新しい自分を継ぎ足せばよいからです.」






3 今日の流れの決定

そして二つの目標のうち,どちらに取り組むかを選ぶという話になった.
「人といて人のことを根本的に考えられるようになりたい」の方は、難しくなりそうな気がしたので,それは最終目標と考えて、今回は、
「ものごとをありのまま感じられるようになりたい」を,取り組む目標にした.(もし分かりにくければ、食べ物の味がもっとするはずだと分かっているのに、味がさほど感じられない、と似たような状態だと思っていただきたい。)
th「今日のことは,私のおまかせでいいですね?」
私「はい」


th年齢退行にしたいと思いますが,いいですか

聞いた瞬間恐くなった.嫌な予感がする。「やめてくれー」と言いそうになる。感じたくないことが沢山詰まっていそうだ.過去世退行の方がよほど差し障りがなさそうで,そっちにしてくださいと,喉まで出かかる.
しかし私は、その私自身のリアクションによって,「年齢退行」なるものの適用がふさわしいのではないかと考える.ひじ掛けを握る手に力が入る。

th「さっきも言いましたが,はっきりイメージが見えなくてもいいのです.音や体感のほうを感じやすい人もいます.ぼんやりと,なんとなくこんな感じがする,でいいですからね」

それなら大丈夫だ。なんせ,日常の私の感覚は,どことなくそんな具合だ.何となく悲しい感じがするから悲しい.何となく嬉しい感じがするから私は嬉しいんだろうな.何となく,何となく,…このヴェールから脱する時は来るのだろうか.


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