催眠療法体験記(2) 年齢退行(後編)
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4 催眠

呼吸調整,身体のリラックスの誘導のあと,10数えるうちに顕在意識の部分が眠っ て潜在意識と繋がる,という教示が入った.そのあとでこのような教示があった.

th「いまあなたは野原にいます.どんな野原ですか.草や花はどうですか」

十分に見えていなくても,「どんな野原か」と聞かれると,なにがしか出てくるものである.
私は
少し白い花が咲いている,と答えた.

th
「空はどうですか」
「雲が少しありますが,晴れています」
th「一つの雲があなたにどんどん近付いてきます.あなたをすっぽり覆います.目の前が真っ白で何も見えません.雲はあなたを高いところへと連れていきます.高く高く高く….大気圏を出ました.時も場所も越えたところにあなたは来ています.これから,『ものが感じられない』ということに深く関係している時点へと,雲があなたを連れていきます.」

とりあえず,雲に連れられて年齢を見渡していくという話の流れのようで,
th「今のあなたが居ます.1年前の夏,あなたはどうしていたでしょうか.3年前, 5年前,高校の頃のあなた.友達の顔が見え名前を思い出します.中学校の時のあなた,何か部活をしていたでしょうか?小学生のあなた,幼稚園のころのあなた,…お腹の中にいます


最初は思い出せなかったが,高校,中学と具体的に言われているうちに思いだせた.
お腹の中にいるという状態も容易にイメージできた.

th「では,『ものが感じられない』ということに深く関係している時点へと,雲があなたを連れていきます.指を鳴らしたら,その時に来ています.ハイ!…何歳頃ですか?」

正直、ハイと言われても…と思ったが,「何歳頃か」と当たり前のように聞かれると,
「4,5〜7歳」ぐらいだと浮かんだ.
人間はどうやら,問われればとりあえず答えるという性質が備わっているようだ.






th
「4,5歳〜7歳ぐらいですね.そうですかー.靴や洋服はどうでしょうか….そしてどこに居ますか」
「道に,…立ってます」
th
「どんな気持ちですか」
「何も感じていません.…いい意味で,自由です」
th
「そうですかー.道は,家からどのくらいですか」
「家の近くです」
th「家に入ることができますか?」
入りたくなかったが,家に入ることにした.

th
「誰がいますか?」
「お婆さんが一人います」
th「お父さんのお婆さんですか?」
「お母さんのです」
th「お婆さんはどんな人ですか?」
「疲れていて,相手をするのがきついようです」
th
「そのころ,あなたは何とよばれていましたか?」
「ユウコさんと呼ばれていました.」
th
「そうですか,ユウコちゃんとお呼びしますね」
呼び名がthに聞こえなかったのか,幼い気分を出させるたびにわざとちゃん付けにしたのかは分からないが,当時からあまり好きでなかった呼び名で呼ばれなかったことに安堵した.
th
「ユウコちゃんはお婆さんのことが好きですか」
「そのようです」

th
「お母さんが家にいるのは見えますか」
居なかったが,登場させた.
「はい」
th
「何をしていますか?…お料理かな?洗濯かな?」
「扇風機の前にいます」
th
「何かユウコちゃんに話し掛けていますか?」
「…私にというより,全体に話しているようです」
th
「遊んだりしてくれましたか?」
「…話し掛けてくれたようには思います」
th
「ユウコちゃんはお母さんのことが好きですか?」
「……そうだと思います」

th
「お父さんは家にいますか?仕事から帰ってくるのかな?3つ数えたらお父さんが仕事から帰ってきます.1,2,3.どんなふうですか」
「緊張しています」
th
「お父さんが帰ってきたことで,家が緊張したんですね.お父さんは恐い人ですか」
「お父さんが帰ってきたら恐いと思うというルールになっています」
そういうルールになっていて可哀相に思った.悲しいというほどではないのになぜか涙が出る.そういう、いつもとは違う体感で、いかにも催眠にかかっているようだ。涙を出すのは何年ぶりだろう.
th「お父さんは帰ってきたら,ユウコちゃんのことを抱き寄せたりしましたか」
「しませんでした.私から行ったことはありました
どんどん涙が出てきた.
th
「お父さんは遊んでくれたりしましたか」
「…散歩をしたことがあります」

th
「ユウコちゃんは,この家に生まれて良かったですか」
「…当時は(この家にとって私の存在が)まあ居てもいい,という感じです」
th
「そうですかー.お父さんはいつも恐いですか,たまに恐いですか」
「時々恐いです
th
「どんな時に恐いんですか」
「……(分からない)」
th
「ユウコちゃんに,恐いのですか」
「私にというより,私を通り越して全体に,という感じです」
th
「ユウコちゃんから,お父さんに言いたいこと,お願いしたいことはどんなことですか」
「……」…

願い事があったとしても、とても言えないと思った.話が通じる感じがしない.私なんかの話が通じるはずがない。強烈なembarassmennt.この感覚にはなじみがある。あらゆる場面で感じる感覚だ。そう、自分にはどうせよく分からないし、どうしようもできないから、「感じないように,言わないように」。
こういうパターンが、今想起しているような原因だけで形成されたわけではないのかもしれないが、ともかくも自分にこういうパターンがあるのだということが分かる。
自分の中に、いわゆる「愛」はあるけれど、「愛」のすぐそばに混乱がある。
私は,首を振りながら泣くことしかできなかった.

th「いいんですよ,出してしまいましょう.ユウコちゃんのことを,感じてやることができるのは,あなただけなんですから.」

ここでthは私をしばらく泣かせておいて,そのまま次の話題に行った.フォーカシングならば気持ちが落ち着いて言葉になるまで待っただろうが,催眠はどうやら,感情をしっかり感じさせればそれで良いというか,放出自体に意味があると考えているようだ.




th
「それでは次は,あなたにとって転機となったできごとの時点に,雲があなたを連 れていきます.数を数えて指を鳴らしたら,そこに行っています,ハイ.何歳ぐらいですか?」

「…保育器の中に入ってて…看護婦さんたちがとても…楽しかった」
これは,特別に思い出した記憶ではなくて、なぜか私の記憶の中にあるシーンである.
th
「お母さんの姿は見えますか」
「見えません」
とにかく,ガラス越しに感じる看護婦さんたちの雰囲気が楽しくて楽しくて、一番、ここで大泣きしてしまった.
th
「いいんですよ,出してしまいましょう.感じてやることができるのは,あなただけなんでから.」
なぜこれが「転機」なのかさっぱり分からないが、とりあえずこの時期は,私が経験した他の時期とは層が違っているのだろう.

私は産まれてすぐの頃、よその人と過ごす環境に順応しすぎて、そこがホームになってしまったから、家族と「毛並みが違う」ということになったのだろうか。




th
「それでは次は,楽しかった思い出の時に,雲が連れていきます.数を数えて指を鳴らしたら,そこに行っています,ハイ.何歳ぐらいですか?」
「4,5歳頃です.絵を書いています.」
th
「どんな絵ですか」
「女の子をたくさん書いています」
th
「そうですかー.誰かいますか」
「お婆さんが見てくれているような気がします」

th
「それでは,一人で絵を書いているユウコちゃんのところに,大人のあなたが姿を見せます.ユウコちゃんには,お姉ちゃんが見えているようですか?見えていないようなら,顔をユウコちゃんの前に出してみたり,肩に手をおいてみたりしましょう.ぎゅーっと抱き締めてあげましょう」
すでに,人間関係の薄い子どもに出来上がっているので,どうという反応はないが,後ろから抱き締めてやるとそれなりに楽しそうではあった.

th
「ユウコちゃんは,お姉ちゃんにいろいろ話したいことがあるかもしれません.ユウコちゃんのお話を聞きましょう.そして終わったら教えてください」
この子は,話せそうになかったので,公園でブランコにのって遊んだ.少し話した.
「お父さん恐い?」
子ども「恐い.」

「どうなってほしい」
子ども「恐くなくなってほしい.」

「お父さんは,優しくなると思う?」
子ども「思う」

「どうしたら恐くなくなるのかな?」
子ども「分からない」

沈黙した.そうだよね,私も分からない.
まあ一緒に遊べばいいかと思った.thに,話し終わったことを告げた.

th
「あなたにはユウコちゃんの望みがなんでも分かっています.ユウコちゃんの望みをひとつ,何でも叶えてあげることができます.叶えてあげてください」
その子の望みは,家族が,一つのことに心を向けて喜んだりしている瞬間を持ちたいということだった.でも好みがバラバラなので、どんな場所に家族を置いてみても,この子の望みにはならなかった.
「望みを叶えるのは無理だったので,それは諦めて別のことで遊びました.」




th
「そうですかー.では,ユウコちゃんがあなたに抱きついてきます.ユウコちゃんはあなた に聞きたいことがたくさんあります.大人になったら私は,夢を叶えていますか.どんなことをしていますか.素敵な人になっていますか.素敵な人と結婚していますか.大人になった私は幸せですか.」
困った.実感のない私は、心から実感を持ってそうだよと言えない.私はまた泣いた.

仕方がないので,こんなふうに話し掛けた.
「心を閉ざさないで,感じたことは,天に向かっていいなさい.そうしたらきっと素敵な大人になれるから」



th
「(今後の暮らしの中で)この子が困ったときには,助けを呼びにきますからね」

私は,これは,毎日毎日来てエンドレスになるぞ,大変だと思ったが,だんだん気が済んで,まあそれでもいいかと思った.
th
「それでは最後に,またね,また会うからねと言葉を交わして,お別れします」
私は,一人で帰すのかと思うと辛くなってまた少し泣いた.






5 終了
ここで「目覚めたら本来の魅力的なあなたになっている」という暗示が入り,数を10数えて,催眠から覚めた.

th
「どれくらいかかったと思いますか?」
「60分ぐらいでしょうか。」
実際には90分だったとのことだった。
th
「そんなふうに、催眠中は時間の感覚が違うものですよ」

そして催眠後に想定されることについて説明があった.
催眠後も変化が続くということ。
生活の中で、今日出会った「ユウコちゃん」(いわゆるインナーチャイルド)を心の中に感じるくることがしばしばあること。
そういう時は、話しかけてやってほしいということ。そうすることでまた開けていくものがあるということ。
そういう意味のことを言われた。
th「聴いてあげられるのは、あなただけなんですから」





最寄駅まで車で送っていただく。催眠を受けにくるのは私のような、30代の、どちらかと言えば女性が多いという話だった。
「20代は、生き難さを抱えていても、勢いで走り抜けていけるからじゃないでしょうかね。30代になるとけっこう、自分のことをゆっくり取り組んでみたいと思われるようですね」
セラピストと別れ、電車に乗り、横浜駅につく。ぼうっとしているのか、道に迷って駅の中を2,3時間うろつく。品川行きの快速電車に乗り、何気なく音楽を聞く。
‥‥泣けてきた.
‥いつも聞いている音楽なのに?
‥そうか,こいつ(内側の、子どもの自分)は、聴くの始めてなんだよね?。
「どう?21世紀の音楽は、いいでしょう」
子ども「うん」

羽田空港の長いエスカレーターを登っていると、内側から訊いてきた。
子ども「今から帰るの?どんな家?どんな人がいるの?」
「大丈夫よ。ちゃんとお話しできる人だから。なんにも心配しなくていいから」。
私は、しゃがみこんで泣きたくなった。






6 その後

 その後、「私が感じるもの」は、はっきりした気がするし、感じ取るスピードが早くなった気がしたので、催眠で取り上げた方の主訴の改善は、あったということだろう。その日のキーワードとして取り上げなかった方の主訴(取り上げた方とは微妙に違うニュアンスの主訴)については、自分の現状が分かったという段階であって、大きな変化は感じない。でも始終不便や劣等感を感じるわけではない。「まあ、いいか」と思える感じがする。

 もし、セラピストが言っていたように、その後の生活の中で、自分の中のその子を意識し、内心で話しかけながら暮らしていけば、変化が定着していくのだろうと思うし、この日気づいた以上のセラピューティックな過程が進むだろう。そういう意味で、催眠後の教示をうまく考えてあったな、と思う。
 自分の場合、ちょうどその後半年は怒涛のように忙しい毎日だったので、そこまでのプロセスを進めることができなかった。

 ただ、そういう生活の中でも、その後だいぶ期間が経ってからも、皿洗いしてると、ふいに、内側がやたらわくわくして、びっくりすることがあった。私のインナーチャイルドは水が好きなんだろうか??。
セラピストの先生、お世話になりました。






7 付記

 そういうわけで、催眠体験でした。おかげさまで、その後の時の流れとともに、新しいことを体験することを「楽しい」とか「ありがたい」と、「感じられる」日々を送っています。
 読んでいただいたら分かるように、催眠中も自己分析したりしているし、セラピストの言うことに対して、「その通りにできないからその代わりにこうします」などというふうに、自己判断ができる状態です。半分潜在意識、半分顕在意識に足をひっかけているという感じでしょうか。

 なお、フォーカシングの世界の人からは、「なぜフォーカシングでこの問題を取り扱わなかったのか」と言われそうですが、このテーマでフォーカシングを3〜4回すれば、この催眠体験と同じような気づきに到達した気がします(自分ならば、の話)。
でも、ちょうど催眠をやってみたかったんですよね‥。ということで、フォーカシングでやらなかったことに対して他意はありません、あしからず。


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☆ 催眠療法体験記(3) 過去生退行 ‥続編です。2006年1月up


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