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- 特集 SPECIAL FEATURE 02
映画監督
江口カン
福岡県生まれ。九州芸術工科大学(現・九州大学芸術工学部)卒業。1997年にKOO-KI(空気株式会社)設立。2007~2009年、カンヌ国際広告祭で3年連続受賞。2018年、映画『ガチ星』を初監督。2019年、映画『めんたいぴりり』と映画『ザ・ファブル』、2021年、映画『ザ・ファブル 殺さない殺し屋』の監督を務める。2023年5月には監督を務めたNetflixドラマ『サンクチュアリ –聖域–』が世界同時配信。日本国内で1位、グローバルで6位を記録。2023年6月に映画『めんたいぴりり パンジーの花』公開。映像以外では、2020年に辛さの単位を統一するアプリ「辛メーター」を発案、プロデュース。
誰もやっていないことに
夢中になった少年時代。
幼稚園、小学校の頃は、めっちゃいたずら好きな子どもで、しょっちゅう親がどこかに謝りに行っていた記憶がありますね。とにかく誰もやっていない遊びを考えるのが日々面白かったんです。それが多分、今やっているクリエイティブの原点かもしれません。小学校までは、いつも友達の輪の中心にいるやんちゃな子だったんですが、中学校からは家の引っ越しや思春期が重なったからか、やる気のない子になってしまいました。友達とは遊んでいたけど、「一生懸命やるってダセぇな」みたいな感じで、本当やる気が無くなったというか。そんな感じのまま大学受験を迎えたんですけど、普通に受験勉強するのが嫌だったんです。何の努力もしていないのに美術の点だけ良かったんで、美術系なら楽に進学できるかなぁと探したら、家の近くに九州芸術工科大学(2003年九州大学と統合)があったので受験しました。ただ、美大は無理だなぁって思ったんですよ。美大へ行く奴は、きっと別格じゃないかと。だから自分には、芸工大かなぁと思いました。
大学時代につかんだ
「これで食っていける」感
学科は画像設計学科でした。父親が写真家で、いつも1回500円もらって三脚かついで、レフ持って撮影の手伝いをするのが子供の頃からの日常だったので、すんなり入っていけました。でも大学には、ほとんど行ってないんですよね(笑)。ただ自分がやってみたいことに対するモチベーションみたいなものは大学の時に出来上がりました。いろいろ作品を作っていたら、まあまあ目立つことができて、少しずつ映像制作の仕事をいただくようになったんです。好きなように作って、まとまったお金もらえたんで、全然バイトするよりいいじゃんとやっているうちに、これで食っていけるじゃないかなぁって思い始めました。
借金をするために
仲間と会社設立
武卒業後も就職することなく、そのままフリーで働き始めました。今でこそコンピュータで映像を作るのは当たり前ですが、当時は、まだMacでは映像を観ることすらできない時代です。アメリカにAmigaっていう映像を作れるコンピュータがあるらしいと知って、お金をかき集めて買いました。セットで300万円くらいだったかな? 説明書は全部英語なんですよ。コンピュータなんて触ったこともないのに、一から英語で勉強しましたね。その頃ナム・ジュン・パイク(※)の影響を受けていて、たくさんのモニターを使って、立体的に映像を見せるみたいなことをやってました。しばらく一人で仕事していましたが、新しい機材を買いたいと思ってもフリーでは信用がなく、必要なお金を借りられないんです。先輩に相談したら「会社にしたらいい」って言われて、大学の時の友達や後輩に声をかけて、5人でKOO-KI(空気株式会社)を立ち上げました。バンドやろうぜ! くらいの軽いノリで。でも、会社を作っただけでは信用がないんで、お金は借りれませんでしたけど(笑)。
※ナム・ジュン・パイク(1932〜2006年)
韓国生まれ、アメリカ合衆国の現代美術家。最初の個展『音楽の展覧会-エレクトロニック・テレビジョン』は、世界初のビデオ・アート展と呼ばれている。
一つのプロダクトとして
売れなければいけない映画
予算もあるし、たくさんの人に見てもらえるし、CMの仕事はやってみたいと思っていました。周りの人達に「CMやりたいけど、何かないっすかね?」みたいな話をしていたら、いつの間にかCMの仕事が来るようになりました。好きな映像表現もできたし、大きな賞もいただきましたけど、でも何ですかね? 飽きっぽいっていうのもあるかもしれないけど、もっといろんな仕事をしてみたいと考えているうちに、福岡のローカルドラマ「めんたいぴりり」を作ったあたりからドラマや映画へと広がっていきました。長編映画のデビュー作が「ガチ星」です。同じ映像表現ですが、CMと違い映画は作ったものそのものがプロダクトとして売れなければいけない。映画には、そんな厳しさがありますね。
作風なんて持たない
目の前の課題をどうクリアするか
「ザ・ファブル」「サンクチュアリ」に続き、「めんたいぴりり〜パンジーの花〜」と撮らせていただきましたが「めんたいぴりりだけ作風が違う?」と言う人もいますが、自分の中では同じなんです。例えば1つのバンドが、めっちゃハードなロックもやれば、スローバラードもやるみたいな感じです。言葉で説明したくないんだけど、どの作品も真ん中にあるのは「僕が面白いと思うもの」。例えば、「人間って面白くて複雑で分かんないよね」みたいなことだったり。そもそも、自分の作風っていうものはないですね。目の前の課題をどうクリアするかっていうことしか考えてないので絵作りのこだわり方も変わっていったりしますから。それに、作風なんて言ってる人って大体ダメじゃないですか(笑)。
どんな仕事でも
人と揉めない仕事はない
映画監督と脚本家の関係についても、よく聞かれるんですけど、脚本は楽譜で僕は指揮者だっていう言い方もするし、脚本家と僕の関係は作詞家と作曲家だっていう言い方もします。互いに揉めることは当然あります。毎回、何でこんなにスムーズに進まないのかなぁって思うけど、人が二人以上関わると必ずね、何か揉めますよね。CM作る時もそうですが、すべての仕事において揉めないことなんて一つもないでしょう?そうじゃないと作品のクオリティーは高まらないし。自分の年齢を考えて、あと長編何本作れるかなぁって思うと、やっぱり一本一本、本当に手を抜けないなぁと思います。一つ一つ丁寧に、真剣に向き合いたいです。世界進出とか、そんなことは考えていないけど、できるだけたくさんの人に見て欲しいっていうのが一番のモチベーションなんです。そういう意味では、世界中の人に見てもらえる映画を作れたらいいですね。
慎重になりすぎず
何度でも失敗してほしい
今、みんな将来が不安になってしまう時代じゃないですか。だから失敗したくなくて慎重になってしまうと思うんです。でも、オジサンになってふり返るとわかる真実なんですが、失敗なんていくらでも取り返せるんです。ダメならまたもう1回トライすればいいし、あるいは全然違うジャンルでトライしたら今度はうまくいくみたいなこともあるわけです。極端なことを言うと、アートを目指してこの大学へ来て、他の学生と比べて才能がないからダメだと思うかもしれない。でも才能がないからこそ、他とは違うものが作れる可能性だってある。あるいは全然違う進路を選んだら、今度はそっちで才能が発揮される可能性だってある。そんなことだらけなんで、まあ何かあんまり慎重になりすぎずに、とりあえず失敗してもいいや!って気持ちをどこかに持ちながら、やれることをやってみて欲しいです。どんな大学へ進学したって、もし違うなと感じたら中退してもいい。それくらいの気分でいいんじゃないのかな? やっぱり自分の時間とか人生を一番大切にして欲しいし。僕の場合、大学で学んだことって、今持ってる知識や経験の1億分の1ぐらいですよ。社会に出てから学ぶことの方が断然大きいんですから、失敗なんて怖がらないでください。