中牟田
学生当時は工業デザインなんてあまり認知されていない時代だったよね。飯岡先生が家電会社から九産大に来られて教壇に立たれた頃で。工業デザイン科を表すID(インダストリアル・デザイン)を「インテリア・デザイン」と勘違いして入学してきた奴がいたほどだった(笑)。カリキュラムもしっかり決まっていなくて、自由な科目が取れた。それが良かったよね。テキスタイルやったり写真やったりと、いろんなことを少しずつ咀嚼(そしゃく)することで、視野が広がった。
田畑
僕らの頃には工業デザインも多少は認知されていて、カリキュラムもありましたけど、手探りというか、基本だけ習ってあとはご自由にみたいな感じでしたね。
中牟田
そうそう。飯岡先生も何も教えてくれなくてね(笑)。テーマだけ決めて、できたら持ってこいみたいな。逆にそれが良かったかもしれない。昔の授業って総じて手取り足取りではなかった。大きなところだけ直されて、細かいところは自分で考えていたから。
田畑
何もなかったからこそ、開き直ってやりたいことを追求できた時代でしたね。今は逆に厳しいのかもしれないですね、良くも悪くも、情報が多すぎて。
中牟田
仕事で美術系の学校に行ったりすると、今は工業デザインにも女性の生徒さんが多いんだよね。男性はWebとかゲームに行っている。確かに工業デザインは面倒臭いからね。コンセプト立てて、機能とデザインを両立させなきゃいけない。でも、それがデザインの基本な気がするんだよね。ゲームやWebが悪いわけではないんだけど、学生時代からそれを専門にすると、やはり既存の枠の中でなんとか収めようとしているように見えてしまう。一番重要なことはその枠を取り払うことなのに。専門学校とかにしてもそう、スグにでも働けるような教え方をされているから、基本のクリエイション能力が低くなっている。ゼロから新しいものを創造するのではなく、今あるものを足し算しながらつくっている。だから、車業界も海外に負けるんだと思う。新しいものをデザインする時、形が変わればいいと思っている人が多いけど、クリエイションってそんなものではないからね。
田畑
日本の弱いところですよね。これだけ車社会が発達しているのに、かっこいい日本車がない。街中で走っている車を見ても、目を引くのはBMWやAudiで。だから、きちんと理由を探っていって、それを車として形にしなければいけないんですよね。強さやしなやかさの魅力を突きつめていく。それが、今のマツダが目指しているところですよね。環境や新技術ももちろん重要ですけど、そこで勝負するんじゃなくて、形の持つ強さで勝つというか、車の持つデザインの魅力で勝つ。どんなに便利でモノにあふれた世の中になっても、最終的には本物だけが残るんですよね。海外はずっとそこに気づいているんですけど、日本はそれを忘れがちな気がします。若い人はその辺に気づいて欲しいな。
中牟田
素直に出る「かっこいい」っていう気持ちだよね。原始的で純粋な感情。それを目指しているからこそ、マツダのデザインで日本人の意識を変えたいよね。この幼稚になった“デザイン”を大人に戻したい。昔の車のデザインはすごく考えられていたよね。日本のモノづくりが持つ伝統的な美しさをずっと追求していたのに、ある時点からすごくシステマチックに商業的・ビジネス的なデザインに変わっていった。消費するデザインというか。そうすると、毎回姿を変えることが使命になって、外見を変えることこそがデザインだと勘違いしてしまった。そうではなくて、買う人に新しい価値や喜びを与えてこそのデザインだと思う。たまに面白いパッケージの車も出てくるけど、マツダはもう少し進んで、従来あった車の美しさと今のテクノロジーを組み合わせた、皆に美しいと言ってもらえる車をつくりたいね。
中牟田氏 作品
田畑
前に、講演に行ったとき小学生の車好きの子に「カーデザイナーになるにはどうしたらいいですか?」って質問されたんですよ。単に、芸術系の大学に行けばなれるよとは言えなかったですね。全ては、どれだけ独自の発想ができるかだから。それは洋服でも広告でも共通して言えるかもしれませんが、想像力があるかないかだと思いますよね。小学生には難しいですけど。
中牟田
本当にそう。想像力ひとつで、今までの考え方とは全く別のものが出てくるからね。僕もこの前、卒業式の講演で想像力という言葉を使った。人間って、いろんな問題にぶつかるとすぐ諦めてしまうんだけど、想像力を働かせると諦めなくてもよくなる。何か新しいものができるんじゃないかってポジティブに考えていけるし、ちょっとしたきっかけで困難に立ち向かう気構えができる。想像力という言葉は難しいけど、思考を止めなければ何かが絶対見つかるということ。この道しかないということもなければ、これをしなければダメということもない。何をやってもいいけど唯一、自分の常識に縛られてはダメ。そこに想像力を働かせれば何かが見えてくるはずだから。
田畑
便利なものは何もありませんでしたけど、僕たちの若い頃は想像力を養うにはいい時代だったのかもしれないですね。
中牟田
そうだね。いろいろな情報が新鮮だったよね。情報を吸収しないまま捨ててしまう今の環境はちょっとまずいと思う。これからの時代は情報とデジタル技術をうまく使わないといけない。それらを武器として身につけることが肝要だよね。
田畑
大学の4年間で何をつかむかは、やはり大事ですよね。僕は九産大に入って、好きなことを自由にやっていただけですけど、それ自体がありがたかったんです。それがそのまま自己形成にも繋がったから。外からどんな圧力があっても曲げないで前に進めるのはそのおかげです。今の中途採用も人間性で採ることが多くなっていますしね。
中牟田
確かにそう。絵がうまいとかそういうのももちろん重要だけど、何より、自分が何をやりたいかをはっきりと言えるというのが一番かな。デザインの基本だよね。
田畑
単純に絵がうまいだけだったら、海外には日本よりも優れている国はたくさんありますよ。
中牟田
でも重要なのは、それにどうやって創造性を乗せられるかだよね。
田畑
やり続ける意志も重要です。絵だけうまい人を採って、アイデアが出なくなったらさようならという企業だってあるわけですし。そこからさらに深くモノの造形を探ろうと思ったら、その人の執着心というか想いがないと出てきませんよね。表面的なアイデアを絵に落とし込んだだけではダメで、欧州のようなデザインを確立するためには“人間力”が必要になってきます。その点、こだわりというか個性を見つけるには、九産大はぴったりの環境でした。
田畑氏 作品
中牟田
そう。デザイナーという職業は、外からはかっこうよく見えるかもしれないけど、実は苦しい職業だからね。自分の全てを絞り出さなければいけない。ある程度の才能はゴロゴロいるから、それ以上のものを出そうとしたら、オリジナリティというか、自分にしか出せない個性が必要になってくるよね。
田畑
そうですよね。僕も昔から、他の人と同じことはやりたくない人間でしたし。周りにもそういう人間が多かった。
中牟田
それでもオリジナリティを出せるようになったのは、最近だけどね。大学の時や駆け出し時代は本当に自分がやりたいことをやろうとしても、自分のテクニックや能力なんかが追いついてこなくて。そうしているうちに、コスト面だったり時間だったりと会社の事情に縛られていく。日本のデザインって、その枠の中でどこまでかっこうよくデザインできるかみたいなものが多いけど、最近のマツダは、こんな風にしたいんだっていう想いや理想を先につくって、そこからエンジニアがこうしよう、ああしようって言ってくれるようになった。今のマツダは、「デザイナーがかっこいいモノをつくりたいなら、俺たちも頑張ってみようか」って他部署のみんなが協力してくれる。まさに大学時代に思い描いていた、『想いが先に来て、モノをつくりだす』というデザインができている。
田畑
マツダがある意味寛容というのが大きいですよね。自分の意思を伝えれば、正当に評価してくれるというか、コミュニケーションを取ってくれる。他の会社だとこうはいきませんよね。
中牟田
それも、九産大での経験が大きいよね。普通は、人に言われたことをやるのが先に立つんだろうけど、僕らは自分がやりたいことが先に立っちゃった。それを人とコミュニケーションしながら、チームワークをうまく活用して、少しずつカタチにしていく時代だったから良かった。逆に言うと、想いが強いから、まずそれを伝えたい。それがコミュニケーションに繋がるんだろうね。
田畑
九産大は本当に自由だったから、そういう面が伸びやすかったのかもしれませんね。単位さえ取れば、やりたいことを何でもやらせてもらえたし。
中牟田
集まってくる人の人間性もいいしね。みんな志は一緒だろうけど、個性がバラバラだから、自分の個性に気づくには十分な環境だよ。いろいろな人と触れ合って初めて、自分の本当に好きなことが見つかるんだろうな。オリジナリティを磨くことこそが九産大を選んだ者の使命だよね。後輩たちには、他の大学ではできないことにどんどんチャレンジして欲しいね。
田畑
自発的に動いて欲しいですよね。そして、自分にとって本当に大切なモノ、個性を見つけて欲しい。見つけてしまえば、あとは磨くだけですから。九州人は我慢強いですし(笑)。
中牟田
本当にそう。これからは、自分発、自分で何かをしようとしないと生き残れない時代だと思うからね。実際、僕らもその意志と行動を続けた結果、ここにいるわけだから。頑張って欲しいね。