4. キーボード派とマウス派(4)


二人は店を変えて、話を続けた。
来居: 君はなかなかいい質問をしてくれた。
「なぜキーボードは便利なのに、それをもっと利用しようとする人が少ないか」
そこは私が一番話したいところだ。
真臼: 私も一番聞きたいところだね。
来居: 一番大きな理由は、マウスのほうが直感的で、初心者にわかりやすいからだ。
真臼: それはWindowsのいいところだ。
それがなければ、私もパソコンを使い出すことはなかっただろう。
来居: そこがマウクロソフトの戦略で、大当たりをしたんだ。
初心者にわかりやすいから、市場拡大ができ、パソコンの普及につながった。マウクロソフトの功績は大きいよ。
しかし、「わかりやすさ」「使いやすさ」はけっして同じことではないんだ。
真臼: 私は同じように思うけど。
来居: 使い始めたばかりのとき、この二つのことは同じかもしれないが、だんだん不満を感じてくるはずだ。
真臼: どうして?
来居: 例えていえば、赤ちゃんのときは、食べやすいものでなければならないから、ミルクを飲んだり、お粥を食べることになる。その頃はそれだけでお腹がいっぱいになるし、満足するんだ。しかし、大人なるにつれて、ミルクやお粥だけでは不満を感じるようになるだろう。マウスも同じことだ。
真臼: それじゃあ、、Windowsが普及してからすでに10年近くなるから、高いレベルのユーザー層も多くなってきたのに、どうしてみんなキーボードのほうに移行しないの?
来居: そこは一番の問題だ。
最大の原因はマウクロソフトや他のソフトハウスの戦略開発姿勢に問題があることだ。
真臼: 戦略と開発姿勢って?
来居: 例えば、「分かりやすさ」と「使いやすさ」が両立できないとき、どっちをとるか。けっきょくほとんどのソフトハウスは「使いやすさ」を犠牲にして、「分かりやすさ」をとることにしているようだ。市場戦略からすれば、そのほうが利益につながるんだ。Windowsでいえば、それに対する不満があっても、他の選択余地がほとんどないから、客離れは心配しなくてもいい。それよりも、初心者に使いやすいように工夫したほうが、新規利用者が増えるから、会社にとって利益が大きい。つまり、他の食べ物がなければ、大人でもミルクとお粥で生きていけるが、赤ちゃんにいきなり硬い食べものを与えたら、拒絶してしまうし、消化できないだろう。
真臼: OSでいえば、他の選択もあるだろう。マックもあるし、キーボードが好きなら、LinuxなどのUNIX系のものを使えばいいじゃないか、無料だし。
来居: そういう選択もあるけど、市場シェアを見れば、Windowsは90%以上になっている。市場シェアが低ければ、それに対応するソフトハウスも少なくなり、けっきょく使いたいソフトが見つからないというような問題が大きい。そして互換性の問題もあるし。
真臼: なるほど。
ところで、「分かりやすさ」と「使いやすさ」を両立することはできないの?
来居: ソフトの開発姿勢に問題があるといったのはこれに関連している。
「分かりやすさ」と「使いやすさ」を完全に両立することは難しいけど、ちょっとした努力をすれば、かなりの程度までは可能だ。キーボードとマウスの話しに限っていえば、Windowsを含めて、すべてのソフトでは全部の機能をキーカスタマイズができるようにすれば、ほぼ問題解決だ。それほど難しいことではないし。
真臼: キーカスタマイズって何?
来居: つまり、アプリケーションの機能を自由にキーに指定することだ。
例えば、キーボードでアプリケーションを立ち上げる例を説明したよね。アプリケーションのリンクを作って、そのプロパティから立ち上げるためのキーを自由に指定できる。それはキーカスタマイズだ。
真臼: 「貼り付け」のとき、[Ctrl]+[V]でできると説明したね。それもキーカスタマイズなの?
来居: それは最初から指定されているんだ。自分で自由に変更できなければキーカスタマイズとはいえない。例えばWindowsのNotePadでは「切り取り」や「貼り付け」など最初から「Ctrl」+「X」や「Ctrl」+「V」に設定されていて、自分で変更できないんだ。そういうのは単に「ショートカット・キー」というんだ。
真臼: うむ、いろいろ勉強になった。
ところで、アプリケーションにキーカスタマイズ機能をわりと簡単に取り入れられるっていってたけど、ソフトハウスはどうしてそうしないの?
来居: キーカスタマイズ機能はそんなに難しくないといったが、やはりそれなりの努力が必要だ。それよりしなくてもすむなら、それに越したことはない。もっと多くのユーザーからそういう要望を出せば、対応してくれる可能性は高いが、そういう要望はそれほど多くないようだ。
真臼: どうして要望出さないの?
来居: それはユーザー側の認識の問題だ。
実際ソフトにキーカスタマイズ機能があっても、それを利用していない人が多いようだよ。
真臼: マウスには不満があるし、キーカスタマイズができるのにどうして使わないの?それがわからない。
来居: 例えば、子供を育てるときは、普通、最初はミルクを飲ませ、ある時期から離乳食を食べさせ、最終的には普通の食事を食べられるようにする。しかし、ずっとミルクだけを飲ませている子供は大きくなるにつれて、不満を感じても、他のものを食べたことがないから、自分からいろんな食べ物を要求することは滅多にない。好奇心の強い人がたまにいて、いろんなものを口に入れてみたら、ミルクよりずっとおいしいとわかって、それをどんどん求めるようになってくるけど、普通の人は他においしいものがあるとは知らずに、与えられているミルクだけで我慢しているんだ。
真臼: つまり、キーボードの便利さをわかっていない人が多いということだね。
来居: その通りだ。
そういう認識をもっていないから、キーカスタマイズなどの機能があっても、目に入らないし、もちろん自分から要望を出すなどの発想さえ生まれてこないんだ。
真臼: 非常にもったいないことだね。
来居: そうだよ。
ところで、君もそうだったじゃないか。
真臼: いや、いけない。
君の話を聞いたら、つい自分の立場を忘れてしまった。
まあ、しかし、本当にもっとおいしいものがあれば、私も食べたい。
キーボードがどれほど便利か私にはまだよくわからないけど、もっと勉強して自分で使わないといけないことがわかった。
私にキーボードの使い方を教えてくれないか。
来居: 弟子になりたいね。
条件があるよ。
真臼: どんな条件?
来居: 私のいったことを反論するのはかまわないが、とりあえず言われた通りに自分で操作して、慣れてくることだ。いろんな操作は頭で理解するより、体で覚えた方が重要だ。
真臼: わかったよ。
まず何をしたらいいの?