SPECIAL COLUMN

各業界の最前線を走り続ける“九芸卒”の先輩たちから、熱いメッセージ。

とにかく人と違うことを、誰にも負けないくらいやる。

  • フォトグラファー北島 明
1987年卒。1962年福岡県生まれ。スタジオを経てフリーランスとして活動後、D-CROD MANAGEMENTへ所属。2006年7月D-CRODより独立し、SPUTNIKでマネジメント業務を開始。2011年よりグループ展「INFINITY」に参加。現在、広告写真を中心に雑誌、CDジャケットなど幅広く活躍している。
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加藤ミリヤなど多くのミュージシャンのCDジャケットをはじめ、ファッションブランドや雑誌、広告など幅広く活躍するフォトグラファー北島明さん。2011年より続く、同世代の写真家と組んだグループ展「INFINITY」も大きな反響を呼んでいる。精力的に活動を続ける氏の原点である九州産業大学時代のエピソードを中心に、写真に対する思いと後輩へのメッセージを伺った。

北島

最初にこんなこと言うと誤解されそうだけど、実は大学に入った時はあんまり写真に興味がなかったんです。自分の親父が福岡でカメラマンをやっていて、なんとなく跡を継ぐのかなって思っていた。そんな気持ちで漠然と大学に入学したものだから授業に全然出なかったんです(笑)。 そうすると、一年生の終わりごろにはもう留年しそうな勢いで。だけど、その時しぶしぶ出た授業をきっかけに、僕の写真に対する意識が変わったんです。

僕はもともとミュージシャンになりたいくらい音楽が好きで、中でもピンクフロイドなんかのプログレが大好きだった。レコードジャケットもかっこうよくてね。そのアートワークを手がけていた「ヒプノシス」の写真に憧れていたんです。その授業はセルフ・ポートレートを撮る実技のテストだったんですが、そこでヒプノシス風のライティングを試してみたんですよ。それがすごく評価されたんです。その作品から「あ、なんか写真っておもしろいかも」って(笑)。

その瞬間が、自分が好きな音楽と写真が初めてリンクした瞬間だったんです。好きなものと、自分がやろうとしていたものを繋げると、こういうことができるんだって感激しました。少し趣向を変えるだけで自分の好きな世界を表現できるんだってことに気づいたんです。

自分の好きなことが勉強になるんだったら、こんなに素晴らしいことはないと思ったんでしょうね。それから写真が大好きになって、いきなりものすごく勉強するようになったんですよ。今までやりたくないことをやるのが勉強だと思っていたのに、自分の好きなことを突きつめるのが勉強で、それをやれば人に褒められるなんてすごいなって。劣等生が、朝から晩まで学校にいるような、真面目な生徒になっちゃった(笑)。

具体的にどのような勉強をなさっていたのでしょうか?

北島

まず写真集を穴が開くほど見ましたね。田舎に住んでいると、なかなか良い写真集とか見られないんです。だから学校内外の図書館から教授のプライベートの本棚まで、可能な限りあさっていました。もともとレコジャケとかファッション写真とか、おしゃれな感じのものに憧れていたんでしょうね。ちょうど僕が学校に入った80年代初めごろ、60年代くらいのファッション写真が流行って写真集もバンバン出ていた。アーヴィング・ペンとかリチャード・アヴェドン、ブルース・ウェーバー、ロバート・メイプルソープとか。その頃のスターカメラマンの写真を見た時、本当にこんな世界があるのかっていう、大きな衝撃を受けてね。これを自分のものにしたい、僕だけのかっこういい写真が撮りたいと考えるようになりました。

それからは、絶対プロになって有名になってやるという気持ちで授業に課題にと頑張りましたね。特にプリントは、学校でも家でも相当やりました。でも、初めの頃はうまくいかないんですよね。現像は全然意図した方向に行ってくれない。モノクロで硬いイメージに仕上げたいんだけど、学生だからどうやればいいかわからない。露出もどうとったらいいかわからない。でもオートだとなんか違う。プロと自分はどこが違うんだろうって毎日悩んでいました。そうしたら、たまたま失敗して現像時間が長くなってしまった作品があったんですが、それがものすごく硬い写真に仕上がっていて「これだ!」って(笑)。 それからは、わざと時間を変えたり印画紙の号数を変えたり、日々が実験でしたね。だから、大学時代に遊んだ記憶がほとんどないんです。それくらい写真漬けの毎日が最高に楽しかったんですよ。

あとは写真の歴史。写真がどのように発展してきたのかというやつですね。これを学んだことはとても大きくて、今の自分のベースにもなっています。きっかけは、学生時代に開かれた写真の歴史を追った展覧会。そこには創世記からの写真がズラーっと並べてあって、カメラがどう進化して、写真が時代とともにどう変わってきたかがわかるんです。それを見てから、必死になって歴史を勉強しました。その頃の経験が、自分のフォトグラファーとしての幅を広げてくれたと思います。「あの時代はこんな写真」というイメージが時代背景とともに頭に入っていると、デジタルで撮っても当時のアナログな雰囲気をつくることができるんですよ。

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北島氏 作品『加藤ミリヤ「M BEST(ブックレット)」』より

卒業されてからプロのカメラマンとして活躍するまでの経緯には、どのようなものがありましたか?

北島

在学中から上京しようと考えていたので、東京の神田にある佐々木スタジオに入社したんですよ。そしたら同期に平間至がいたんです。この出会いが大きかったかな。同期に夢を追いかけている人間が少ない中、僕と彼だけ「絶対に有名なカメラマンになってやる」って気を吐いていて。ただ、彼は思いが強かったから、3ヶ月で事務所を辞めてイジマカオルさんに師事したんです。僕は、自分に自信が持てる作品を撮れるまではこの会社を辞めないと決めていて、結局3年半いましたね。

それから、僕が事務所を辞めようか悩んでいた頃、ちょうど独立の準備を進めていた平間から、暗室を共同で借りないかって持ちかけられたんです。その時にはパルコの「期待される若手写真家20人展」にも入賞していたんで、何とかなるだろうって気持ちで勢いのまま独立しました。実は、仕事もコネもまったくない状態だったんですけどね(笑)。

独立してから平間に、創刊して間もない「ロッキンオンジャパン」を紹介してもらったんです。90年代はじめのバンドブーム全盛の頃で、山崎(洋一郎)さんが編集長の時代だったかな。すごくお世話になったんだけど、月に1、2本の仕事だったから、ほんの少ししか稼ぎがなかった。今でも、本当によく生き延びたなと感心しますね(笑)。

ただ、その時代をきっかけに今の自分に至ることができたと思います。学生の頃から変わらない気持ちを持ち続けた結果、今がある感じですね。今では、僕が繰上(和美)さんの写真集を見て憧れたように、図書館で僕の写真集を見て弟子入りを志願する子も現れるようになりました。

写真を撮影される上でのポリシーや、ご自身が大事になさっていることがあれば教えて下さい。

北島

自分の過去を再確認することですね。先程言った歴史を学ぶというのは、写真の進化を見ることでどうやったら新しいものを産みだせるかを考える材料になる。それと同じように、自分の足元から現在までを辿っていくんです。学生の頃、自分がどんな子供だったのかっていうのを、よく思い出し認識してから、この先どうすればいいかを考えるようにしています。人の良いところは学ぶべきだけど、自分のバックボーンは人とは違う。だから、自分が何を感じてどうやって生きてきたかを再認識する作業はすごく大切だと思うんです。そこで自分の個性を確認したら、あとは表現すればいいし、そこから新しいものを学ぶこともできる。学生たちにも自分のルーツを探ってほしい。動機は不純でもいいからね(笑)。

あとは、自分の写真に「仕事だから」とか「作品だから」とかの垣根を持たないようにしていますね。数年前に加藤ミリヤの「M BEST」というCDのブックレットを撮影した時のことなんですが、その時彼女に対して、本当に命を削りながら曲をつくるミュージシャンだなと感じたんです。自分を犠牲にしてでもみんなのために歌いたいみたいなイメージ。だから僕もそれに呼応して、そのイメージ通りの写真を撮ろうって思ったんです。

撮影前に彼女に「ミュージシャンになっていなかったら何をしていた?」という質問をしてみたら、彼女は作家になっていたかもって。じゃあ、苦しみながら書き続けている女流作家のような写真を撮ってみようってことになったんです。さらに僕の脳内で、「実は彼女は一児の母で、どうしても作家になりたくて離婚して、旦那に親権を取られても一生懸命書いている」みたいな裏設定を勝手に作ったりして(笑)。彼女も役者ではないのに、執筆と作曲のスタンスが一緒なのか、どんどんその世界観に入っていったんですよね。だからこそ、そこでできたものは仕事の写真というよりはアート作品に近いものになったんです。コラボしている感じなんですよ、ミュージシャンとフォトグラファーが。仕事と作品づくりを分けて考えていると、こんな仕事はできなかったと思います。

最後に、これから九芸を目指す受験生や、プロの写真家を目指している学生たちに向けて、メッセージをお願いします。

北島

僕は学生時代、「将来、自分がどうなりたいか」という具体的な目標を年表に書いて常に見ていました。計画表のようなものですかね。学生時代っていうのは精神が不安定だから、ちょっとうまくいかないとすぐに落ち込んで投げ出してしまうんです。でも年表を見返したら、落ち込んだ時も「絶対プロになるんだ」って思える。自分が好きなことを再確認してモチベーションが高まる。その気持ちこそ大事だと思うんです。だから、写真に限らないことですけど、学生時代は自分が好きなことを一生懸命にやって欲しい。そして、やり出したら人に絶対に負けないことです。

夢をつかむためには、とにかくやりたいことを思いっきりやるしかない。ただ、人と同じことをやってもしょうがなくて、人とは違うことをやらないと個性なんて出てこないと僕は思っています。今、同じ年代の写真家のグループで「INFINITY」という作品展をやっているんですが、これがいい意味で気が抜けないんです。競争ではないけど、見劣りするものは出したくないからみんな気合が入っていて。でも、みんなタイプが違うから同じような写真は一枚もない。それが面白いんです。写真が似ないということは個性が全然違うということですからね。それが魅力として作品に出るんです。そんな個性を身につけられるよう努力して欲しいですね。

もうひとつ付け加えると、僕らの学生時代は自分たちで求めていかないと情報が手に入らなかったから必死だったけど、今は逆に情報があふれすぎて理解した気になっている人も少なくないと思います。印画紙ではなく、PCのデスクトップが世界の全てみたいな。こんな時代だからこそ、アナログ感を大事にして欲しいですね。例えば写真集でも、あの本の写真の並びには意味がある。最初の1ページ目からどういう順番で見せたいかという作家の意図が詰まっていて、順番に見ていくことで感動が伝わって来る。ネットで検索してバラバラに並んだ写真を見ても、やはり感動が薄いと思うんです。便利だからこそ、あえてアナログを学ぶことが大切なんじゃないかなと。若いうちからデジタルとアナログの良い所取りをできるなんて、今の世代は幸せ者だと思いますよ。