SPECIAL COLUMN卒業生対談・インタビュー

各業界の最前線を走り続ける“九芸卒”の先輩たちから、熱いメッセージ。

4年間毎日写真を撮った。 ずっと、写真にときめいていた。

  • フォトグラファー柴田 文子
2000年卒。福岡県出身。大学卒業後、スタジオ勤務を経て2003年より横浪修氏に師事。2005年よりフリーとなる。雑誌、広告、書籍、写真集、ムービーなど多岐にわたる撮影で活躍中。étrenne所属。

雑誌、広告、写真集など、幅広いフィールドで活躍するフォトグラファーの柴田文子さん。柴田さんがカメラに収める彼女や彼は、そのみずみずしい表情にドキッとさせられる瞬間が何度も。かといって、甘ったるくなりすぎず、クリエイティビティを刺激する。自身のルーツと九芸時代、そして写真への想いを語っていただいた。

「運」と「縁」を掴む努力。人との巡り合わせで、ここまでこれたと思う。

小さな頃からカメラに興味があったという柴田さん。
親から与えられたインスタントカメラで、学校の友達や近所の風景を撮り続けていた。

柴田

仕上がりがどうというより、カメラに触れるという行為が楽しかったんだと思います。高校に入ったくらいで一気に写真が流行り始めて、クラスの皆で写真を撮りあったりしていました。女子高生が写真を撮るというのが流行ったんですね。大学1年生の時くらいには、HIROMIXさんが一躍有名になって。同級生の皆と悔しがった思い出がありますね(笑)

最初は写真学科に行くつもりはなかったという柴田さん。
しかし高3の夏に、大学に行くチャンスは今しかないと思い立ち、受験を決めた。

柴田

入学したらすぐに楽しくなって。『写真で食べていくにはどうしたらいいですか?』なんて担任の先生に聞いたりしていました。何気なく見ていたものも、全部写真なんだなって気付いて。いつか大きなポスターとかを撮ってみたいな、と漠然と思うようになりましたね。大学時代は、バイトか、写真を撮るか、写真展をするかの毎日。多分、写真を撮らない日は1日もなかったですね。社会に出て仕事を始めると、ときめきみたいなものを感じにくくなってしまったのですが、あの頃は4年間ずっとときめいていたと思います。今は、またときめきが再燃しています(笑)

とにかく、撮って、撮って、撮り続けた4年間。九芸に進んで本当に良かったと振り返る。

柴田

あんなに写真漬けになれる4年間はなかったから。実家だったので、バイト代もすべて写真につぎ込みましたね。学生時代は、スポーツ写真を撮るバイトや、結婚式の写真撮りなどのバイトもしました

松雪泰子 写真集「daydream」(マガジンハウス刊)

現在は雑誌の仕事がメイン。今をときめく旬の俳優やモデル、女優たちを撮り続けている。
日々、どんなことを意識しながらファインダーを覗いているのか尋ねてみた。

柴田

やっぱり人の写真を撮るのは面白いですね。特にタレントさんや女優さん、俳優さんを撮るのは楽しいです。大事にしていることは、その人の一番いいところを引き出して撮ること。そして、この写真を見る人のことを考えて撮ることですね。『自分がこの雑誌の読者だったら、こういうところを見たい』ということを意識します。でもそれだけだと面白くないので、その人の意外な一面も入れたいと思っています。『いい』とか『かわいい』とかも、本当に思った時にしか言わないようにしているんです(笑)。ウソはつきたくないから

フォトグラファーとして、次のステップを見つめ始めた柴田さん。故郷・福岡への思いも語ってくれた。

柴田

今年の秋には写真展をやるつもりです。ここ最近は仕事に追われて商業写真がメインになっちゃっているんですが、そろそろ作品を整理したり、作品撮りをしていかないとって。今年は、“写真への取り組み”を改めて見つめようと思っているところなんです。今は東京で写真を撮っていますが、福岡が大好きなので、本当は福岡でも仕事したいんです

最後に、将来フォトグラファーを目指す学生たちに、柴田さんなりのエールを送ってもらった。

柴田

運と縁が大事なのかな。人付き合いがそんなに得意じゃない私でも、人に恵まれて、ここまでこれたと思っています。最初に働いたスタジオで師匠(写真家の横浪修氏)に出会って、運良くアシスタントに付けた。そういう、運と縁を掴む努力は惜しまなかった。実は私、入社当時はとても仕事ができないスタジオマンだったんです(笑)。だけど、自分なりにできることを見つけて必死でやろうと考えるようになった。身長が低いなりの仕事のやり方だったり、男性が気付かないことを見つけたり。厳しい下積み時代を過ごしたから、今の自分がある。これだけは言えますね

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