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特集 JR九州インタビュー 陶芸

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  • 鉄道会社でありながら海外に目を向け1991年、博多港と韓国釜山港を結ぶ「高速船ビートル」の開発と運行を開始したJR九州(九州旅客鉄道株式会社)。
    "グッドデザイン イズ グッドビジネス"という考えの元、デザイナー水戸岡鋭治氏とコンビを組み開発したスタイリッシュな「九州新幹線800系」「SL人吉」「海幸山幸」「或る列車」など斬新なデザインの列車が九州各地を颯爽と走っています。
    九州の魅力を世界に発信するという発想で2013年に誕生させたクルーズトレイン「ななつ星in九州」は全国のJR各社に豪華列車開発ブームを巻き起こしました。
    故・十四代酒井田柿右衛門(人間国宝)作による手水鉢、家具の町で知られる大川の家具職人手作りの組子装飾など「ななつ星」には外観だけでなくインテリアにも九州ならではのデザインの力が活かされています。
    鉄道事業、駅ビル、ホテル事業、レストラン経営など、JR九州の幅広い事業展開の根底には常にデザインの発想があるようです。
    九州産業大学の学部編成によって誕生した芸術学部ソーシャルデザイン学科、生活環境デザイン学科は"アトリエの中だけで生まれる芸術"を超えた新しい何かを時代が求めている声に応えたものです。
    時代の先端を走る企業の発想とこれから、そして九州という地の可能性についてJR九州広報部長・畑井慎司さんに聞いてみました。
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-JR九州に入社しようと思ったきっかけは?
「いろいろ挑戦できそう」と、思ったのがきっかけでした。もともと福岡で育ちましたが、関西の大学へ進学。そのまま、関西もしくは足を伸ばして東京で働くという手もありました。しかし、私が就職活動をしている当時は、国鉄からJRへと民営化が行われた後の変革の時代。「大きく変わるために若い人に頑張ってもらいたい」という担当者の言葉に、「自分にも何かできるのでは?」と思ったのがきっかけで九州に戻る決意をしました。
-実際入社されてからは、どのような経験を積まれましたか?
入社して、大分駅の駅員や北九州の門司で車掌など、我が社の基幹である鉄道の現場を経験させてもらいました。その後、本社で鉄道商品の企画や採用業務を担当しました。続いて、会社の海外留学制度を活用して、アメリカに2年留学してMBAを修得。帰国後は、財務部や経営企画部に所属。国土交通省への2年間の人事交流も経験しています。
その後も、JR九州が手がける飲食事業の海外展開のために上海へ赴任するなど、入社前に思っていた以上に、いろんな経験をさせていただいています。
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-さまざまな事業を展開されているJR九州ですが、その基本に「グッドデザイン イズ グッドビジネス」という考えを取り入れているとお聞きしました。どのような経緯でそのような考えを取り入れられたのでしょうか?

グッドデザイン イズ グッドビジネスの切り口は、JR九州初代の社長である石井幸孝氏の思いが基本にあります。
国鉄時代の九州の鉄道には、「古い、汚い、遅い」そんなイメージがありました。なぜなら、九州の車両は主に首都圏で使い古されたものが再利用されていました。駅舎が古くなっても、まずは首都圏での改修が先になって、なかなか九州まで手がまわらない状況だったようです。
そんな中で、JR九州が誕生。当時は九州内の高速道路の整備が進む中、高速バスやマイカーとの競争激化が想定されていました。鉄道再生を手がけるなかで、本数の増加やスピードアップ、ダイヤの改正などは当然取り組むことでしたが、値段や時間での勝負だけでは限界がある。差別化の大きな要因として社長が考えたのが、「デザイン」だったのです。

-「グッドデザイン イズ グッドビジネス」を具体化するためには、どのような取り組みが行われたのでしょうか?
鉄道に乗って移動することが、楽しかとか快適さにつながるようにしたい。そんな思いで取り組んだのが、車両のデザインに力を入れることでした。そこで起用されたのが、社外のデザイナーである水戸岡鋭治氏でした。もともと、鉄道を専門とするデザイナーではなかった水戸岡氏の起用は、逆に従来の発想にない車両デザインを生みました。博多・西鹿児島(現・鹿児島中央)間を走っていた787系のデザインでは、座席数を減らして車内にゆとりの空間を取り入れたり、ビュッフェ車両を設けたりしました。それと同時に、女性乗務員の制服に車両と統一感を持たせるとともにサービスのレベルを上げるなど、ソフト面でのデザインにも取り組みました。これまでにないハード、ソフトの衝撃的なデザインは、内外から高い評価を得ました。
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-クルーズトレイン「ななつ星」の発想も、そうした流れから誕生したものなのですか?

テーマパークのように乗ることが楽しくなるD&S(デザイン&ストーリー)列車の集大成でもある「ななつ星」は、現在の会長 唐池恒二の思いが成就した列車でもあります。もともと「ゆふいんの森号」の立ち上げに関わっていた唐池は、その頃から九州のいろんな素材や魅力を感じていたそうで、それらを網羅する九州一周列車のようなものをつくりたい、と考えていました。
社長に就任後、改めて"九州の魅力を知ってもらいたい。それも、日本だけでなく、アジアそして世界の人に"。という思いのもと、「ななつ星」の検討チームをつくり、本格的な取り組みが始まりました。今ではななつ星を利用してくださる海外のお客様も多く、お陰様でD&S列車とともに九州のインバウンドにも一役買っている状況です。

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-ななつ星は、九産大キャンパス内に常設窯のある柿右衛門窯が関わっていたり、卒業生の青木耕生さん作のガラスの器が使われていたり、芸術学部とも深い関係がありますね。

そうですね。ななつ星の狙いは、九州の魅力を世界に発信すること。柿右衛門窯しかり、大川の組子しかり、「伝統かつ本物を取り入れたい」というのは、デザイナーである水戸岡氏の大きなこだわりです。青木氏のガラスの器は、九州の食材を使った食を味わっていただく際に、その美味しさを引き立てる器として活用させていただいています。

-基幹となる鉄道事業だけでなく、生活を切り口とした事業のなかでは、どのようなデザイン発想を取り入れていらっしゃいますか?

生活関連事業の一つとして駅ビルがあげられます。一番新しいのは、大分県のJRおおいたシティという駅ビルです。大分らしく温泉を併設させました。もともと、線路が大分市の北と南を分断していましたが、線路の高架化事業と連携し、まちのにぎわいづくりに努めました。現在進行中の熊本駅ビル開発では、水と森の都をイメージして駅ビル内に立体庭園をつくる予定です。
駅を少し離れた福岡市六本松地区の九州大学跡地の開発では、商業施設だけでなく、分譲マンションや介護サービス付きのシニアマンションなど、ひとつの街を、統一感をもってデザインしています。
住むや買う、食べる、それに働くといったことを機能的かつ快適にデザインしていくことは、今後も目指していく道だと思っています。

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-今後、どんな人材が求められるのでしょうか?若い人たちへのメッセージを。
私が若い頃のグローバル化というのは、どちらかというと、日本だけに閉じこもっていては駄目、海外に出てチャレンジしようという印象でした。一方で今日は、外に出ることも大切ですが、同時に国内でのグローバル化も進んでいます。ひとつはインバウンドであり、あとは働き手という面でもです。そういう意味では、日本にいても格段に海外の人、文化・考え方の違う人と接するチャンスは増えるはずなので、どんどん積極的に交流を深めてほしいですね。
もうひとつは、インターネット・スマホ・SNSの普及で、情報を得ることが非常に容易になっています。簡単だしすばやく検索出来る一方で、情報自体は玉石混交です。だからこそ、ネットの情報でわかったと思うのではなく、やっぱり本物を見る・触れる、実際に現地に行ってみるという経験をしてもらいたいですね。それはきっと、本当の理解を深めて、人間としての幅を広げることに繋がると思います。
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