有用酒造酵母の探索と育種
酵母グループ
酒造酵母班
福岡夢酵母4号 酵母は、酒・味噌・醤油など様々な発酵食品の製造に深く関わるなど、人々の生活を豊かにしてくれている優れた微生物です。
われわれは、平成17年度より、福岡県工業技術センター生物食品研究所と協力し、有用野生酵母の分離、醸造酵母の自然突然変異株の分離、さらには分離酵母の変異原処理法や交雑法による育種を進めてきました。
吟薫 研究の結果、すっきりとした爽やかな酸味であるリンゴ酸、およびリンゴのような香気成分であるカプロン酸エチルの生産能に優れた「ふくおか夢酵母4号」を取得することに成功しました。
この酵母を用いた焼酎の商品開発を進めた結果、平成20年10月に福岡県久留米市で焼酎を製造している福徳長酒類株式会社より、久留米産の麦”を原料として、“吟醸香薫る華やかですっきりとした味わい”の本格麦焼酎「吟薫」を販売するに至りました。
「吟薫」は、2009年のモンドセレクションにおいて金賞を受賞するなど、その品質の高さが世界に認められています。
有用野生酵母の探索・育種と食品への応用
酵母グループ
野生酵母班
野生酵母を用いた清酒の試作
野生酵母を用いたパンの試作 お酒やパンの製造に用いられている酵母Saccharomyces cerevisiae は、糖から炭酸ガスやエタノールをつくるだけでなく、味成分や香り成分もつくることで、食品の美味しさに深く関与しています。味や香りに優れた酵母の取得には、従来の株の改良と自然界からの分離の2つの手法があります。
久留米椿正義 吟薫
われわれは、これまでにない全く新しい能力をもった酵母を取得するために、まず自然界からの野生酵母の分離を、さらには変異原処理による育種を行っています。 これまでの研究により、海水、植物、土壌、樹液などから、発酵食品への適応が可能な、さまざまな野生酵母を分離し、ライブラリー化を行いました。
さらに、これら野生酵母について、発酵特性の解析、化学分類、遺伝子解析などを行い、これまでとは異なった特性を有するSaccharomyces cerevisiae であることを明らかにしています。
H22年3月、久留米椿「正義」の花から分離した酵母を、さらに果実の香りを増強した「久留米椿正義酵母」を開発し、この酵母を用いた米焼酎「久留米椿正義 吟薫」を発売しました。
異常プリオン分解酵素の探索と特性
酵素グループ
酵素班
放線菌TOA-1 これまでの日本での牛海綿状脳症(BSE)の発生頭数は36頭で、その発生数は年々低下傾向を示しています。しかしながら、BSEに罹患した牛を食べると変異型クロイツフェルト・ヤコブ病に感染するリスクが高いとして、食の安全・安心確保の目的で、現在も日本においては全頭検査が実施されています。
BSE発症の原因タンパク質である異常プリオンは、ホルマリン処理、紫外線処理、高圧蒸気処理にも耐性があり、完全に破壊するには550℃以上で焼却するなど過酷な条件が必要とされています。
われわれは、食の安全・安心確保の目的で、異常プリオンを分解する微生物酵素の探索を行いました。数千種類の微生物を対象に検討を行った結果、、放線菌TOA-1株の生産する酵素が異常プリオンを常温・短時間で完全分解することを明らかにしました。
NAPaseの立体構造 TOA-1株の生産する酵素の酵素化学的諸性質および異常プリオン分解特性の解析を行った結果、これまでに報告の無い新規な酵素であることを明らかにしました。
また、UCSFのAgard研究室との共同研究により、X線結晶構造解析を行った結果、本酵素の立体構造を明らかにしました。
さらに、本酵素のヤコブ病治療薬への適応可能性について、Yale medical ScoolのNeuropathology研究室と共同研究を進めています。
異常プリオン分解酵素の機能解明と改変
酵素グループ
遺伝子班
プリオン分解能のウエスタン解析 異常プリオン分解酵素のクローニングおよびシークエンスを行った結果、この酵素をコードする遺伝子のORFは1152塩基より構成され、上流196アミノ酸がプレプロ領域、下流188アミノ酸がNAPaseのマチュア領域であることが明らかとなりました。
また、放線菌および大腸菌を宿主とした本酵素遺伝子の発現系の構築にも成功しています。
組換え体のプレートアッセイ 現在は、九州大学未来創成微生物学講座の協力のもと、活性部位および異常プリオン親和部位を中心にアミノ酸残基を置換し、異常プリオン特異性の改変を図っています。
また、進化分子工学の手法であるDNA shufflingを用いて、本酵素の異常プリオン特異性の改変を図っています。
エタノール耐性酵母の育種と食・環境への応用
酵母グループ
バイオエタノール班
DNAマイクロアレイのイメージ 近年、地球温暖化防止、エネルギーの枯渇による代替燃料としてバイオエタノールが注目されています。バイオエタノール生産の高効率化に向け、高エタノール耐性酵母の取得に期待が集まっています。しかしながら、エタノール耐性遺伝子の完全解明は難しく、遺伝子改変による高エタノール耐性株の育種は現段階では不可能であるとされています。
このような背景のもと、われわれはまずエタノール耐性酵母の分子育種を目的として、清酒酵母を対象に変異原処理法によるエタノール低耐性株を取得し、発現遺伝子のDNAマイクロアレイ解析を行うことで、関連遺伝子の網羅的解析を行いました。
醤油酵母の電顕写真 検討の結果、特定の細胞壁関連遺伝子がエタノール耐性に関与している可能性が示唆されました。現在は、これらの遺伝子の破壊株や発現増強株を構築し、遺伝子の特定を行っています。
また、これらの技術を醤油酵母に応用し、エタノール耐性醤油酵母を用いた、無塩醤油の開発を地元メーカーの協力のもと、進めています。
新規乳酸菌の探索と食品への応用
乳酸菌グループ
有用乳酸菌探索班
明太子の生産現場 食品を作る際、有害微生物を制御するために加熱処理をすれば品質が大きく損なわれ、また化学的に合成された保存料や抗菌剤を使用すれば健康へ何らかの悪影響が懸念されます。
そこで現在注目を集めているのがバイオプリザベーションです。バイオプリザベーションとは、微生物起源の抗菌物質を利用した保存方法で、その中でも特に期待を寄せられているのが、タンパク質性の抗菌物質・バクテリオシンです。
われわれは、ある医薬品メーカーや地元明太子メーカーと新規バクテリオシンを生産する乳酸菌の探索を行っています。分離源としては、発酵食品、動物、植物など様々です。これまでに、抗菌活性を有する乳酸菌を多数分離しており、医薬品や食品への応用を検討しています。
また、美味しい発酵食品をつくる乳酸菌の探索も行っており、現在植物乳酸菌を利用した植物乳酸菌飲料の開発を進めています。
植物病原菌に対する生物防御剤の開発
生理活性グループ
生物農薬班
炭そ病を発病したイチゴ苗
近年、食の安全・安心に注目が高まっており、残留農薬などの問題から、化学農薬に代わる生物農薬が注目されています。生物農薬とは、生きた生物そのもの、あるいは生物の抽出物を有効成分とし、病害虫に直接あるいは間接的に作用させる農薬のことです。
われわれは、地元イチゴ農園からの依頼を受け、イチゴ炭そ病の生物防除剤の開発を進めています。炭そ病とは、カビの一種 Glomerella cingulata により、葉や葉柄に病斑を生じるとともに、クラウン部に侵入して全身萎凋、枯死を引き起こすなど、イチゴ栽培における最重要病害です。
高い抗カビ活性を持つKS9株
これまでの研究により、久留米市で採集したイチゴの葉より分離したBacillus sp. KS9株に高いGlomerella cingulata 生育抑制効果があることを明らかにしました。 また、KS9株は、フィールド試験においても良好なイチゴ炭そ病の防除効果を示しました。
現在、KS9株の遺伝子レベルでの同定、抗カビ物質の同定、さらには福岡県のJAおよびバイオベンチャー企業との協力により、生物農薬の開発および市販化を進めています。
発酵食品由来の新規生理活性物質の探索
生理活性グループ
生理活性物質班
ココナッツ抽出発酵液 近年、食品の生体調節機能に関心が集まり、この機能の活用を目的とした研究がなされています。特に発酵食品は保健的機能性があると考えられています。
このような背景のもと、われわれはココナッツ抽出発酵液の生体調節に及ぼす影響を明らかにすることを目的とし検討を行っています。
RAW264.7細胞 われわれは、ココナッツ抽出発酵液のマウス脾臓リンパ球における抗体産生・サイトカイン産生、RAW264.7細胞におけるサイトカイン産生、RLN-10細胞およびdRLh-84細胞に及ぼす影響、FACSを用いたdRLh-84細胞の細胞周期への影響を検討しました。
これらの検討結果から、ココナッツ抽出発酵液は特に抗体産生促進効果および癌細胞に対して有意な増殖抑制効果を示すことが明らかとなりました。
今後は、ココナッツ抽出発酵液に含まれる複数の活性成分の作用をin vivoおよびin vitroで明らかにすることによって、抗体産生促進および癌抑制機序の解明を行う予定でです。
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